賢治作品推理講座

『銀河鉄道の夜』謎の「鳥捕り」の正体は?

『銀河鉄道の夜』 鳥を捕る人(引用)

「ここへかけてもようございますか。」

がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。

それは、茶いろの少しぼろぼろの外套を着て、白い巾でつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛けた、赤髯のせなかのかがんだ人でした。

「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶しました。その人は、ひげの中でかすかに微笑いながら、荷物をゆっくり網棚にのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいようなかなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていましたら、ずうっと前の方で、硝子の笛のようなものが鳴りました。

以下後文略

「鳥を捕る人」は「こぎつね座」の化身
鳥捕りの正体は、はくちょう座の下の「小ぎつね座」「小ぎつね」座に
隠された後藤野の「狐だて」のメッセージ

(米地 文夫;ハーナムキヤ景観研究所 )

 白鳥の停車場から乗った鳥を捕ることを職業とする男。まったく銀河や銀河鉄道と無関係そうに見える男が登場し、その男は物語文中でも銀河や星座を象徴する人間とは思われません。しかし、ここに賢治の星座を擬人化するトリックが隠されています。

こぎつね座 つまり銀河にかかる白鳥座のすぐ脇に「こぎつね座」の存在です。この「こぎつね座」の擬人化したものが「鳥捕の男」なのです。「茶いろの少しぼろぼろの外套」「赤髯のせなかのかがんだ人」まさに、狐のイメージを単純に象徴しています。 ヨーロッパの星座に、この「こぎつね座」を具体的な絵で示すとき、その口に鳥を桑手います。まさに「鳥捕り」です。その鳥はまさに「鷺」が「雁」とも思える鳥です。

 また、「鳥捕り」がくれる雁は、お菓子であり人を化かす狐の一面を見せますが、ジョバンニに「お菓子でしょう」と言われて、大変あわてる姿はずるがしこい狐というよりは素朴でひとのいい狐のイメージです。

鳥を捕る人(引用)

前文略

鳥捕りは二十疋ばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾にあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥捕りの形はなくなって、却って、「ああせいせいした。どうもからだに恰度合うほど稼いでいるくらい、いいことはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣りにしました。

見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つずつ重ね直しているのでした。

「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」

ジョバンニが、なんだかあたりまえのような、あたりまえでないような、おかしな気がして問いました。

以下略

「鳥捕り」のお菓子とはなにか
不思議な鳥の捕り方 お菓子に変わるのはなぜか
「この男は、どこかそこらの野原の菓子屋だ。」
お祭りなどに来る行商人の類いか

「鳥捕り」の正体は?
「茶色の少しぼろぼろの外套」を着た「赤髭」の「せなかのかがんだ」男
鳥を哩えたこぎつね座の狐であった
後藤野は狐の多い野原であり、狐だてという唇気楼の立つ所だった
「兵隊が鉄砲弾にあたって死ぬときのやうな形をしました。」
そして後藤野の親分狐でもあった。
親分狐は兵隊に鉄砲で殺され、その兵隊も(狐のたたりで? )まもなく死ぬ。

その時代の花巻周辺の話題を取り上げて、楽しむ賢治の面白さ(いたずら )。

(米地 文夫;ハーナムキヤ景観研究所 )

「急に両手をあげて、兵隊が鉄砲弾にあたって、死ぬときのような形をしました。」

  なぜ、この文章が、前後の脈絡とは無関係に唐突に現れたのかを考えるとき、当時花巻の西南の隣町にある「後藤野」での「狐」に関係する話題を取り入れたものです。

 当時盛岡で出版された『もりおか明治舶来づくし(橘 不染著 )』という本の91・92ページに書かれた内容によると「後藤野」には蜃気楼が見えることがあり、この蜃気楼は狐が集まってさまざまな事象や予想などを蜃気楼にして見せる“狐だて”といわれました。

(※後藤野の蜃気楼に関する記述は、菅江真澄の「ふんぼんこう」にもみえる ) 以下文

(引用)

・・・・今日になりては、後藤野もたいがい開墾せられ、かつ残るところは騎兵隊の連兵場として時々行軍せられ、汽車通行もあるためか、話なし。むかしは方々より狐どもが寄り集まりて、この予想を演じたりという。

この狐だてのある日はきまっていないが、ただ正月の15日前後というだけだが、有るべき日には花巻、二子、川岸(黒沢尻 )などの渡場(わたしば )は、見慣れぬ人が舟で渡り後藤野の方へ行く。これは狐どもが化(ば )けたのだ。かく方々の稲荷の使いの狐が集まり、予想を演ずるという。

近代、なくなったわけは、始終兵隊の演習地にされ銃声があるのみならず、後藤野にいる親分狐が兵隊の銃弾にかかりて倒れた。そこでなくなったという。相続狐がなかったと見える。さて、その親分狐を打った兵隊も、まもなく死んだという。

・・・以下略

 この話を、賢治は『銀河鉄道の夜』の鳥捕り(:こぎつね座 )にかかわる話に組み込んだのではないでしょうか。「兵隊が鉄砲弾にあたって、死ぬときのような形」は、狐が演じてみせた蜃気楼として伝えたかったのかもしれません。

銀河鉄道のイラスト
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